COVID19が僕に見せた夢

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前回、COVID19に関する予測や意見からその人間が願っていることが垣間見えるのでは?ということを書いた。緊急事態宣言が解除された今、翻って、COVID19という窓から自分自身を覗いて何が見えたのか?少し書いてみようと思う。

まず、COVID19の感染が広まり、僕自身の生活が大きく変わったのかと言われると答えはNOだ。

メイン仕事の一つがリモートになったり、別の仕事に多少の影響はあったけどその影響は限定的だったと思う。もともと、時間区切りでやるような仕事ではないこともあり影響は非常に少なかった。むしろ生活リズムがいつも以上に整ったので生産性はあがったように思える。

私生活への影響も殆どなかった。そもそも、あまり会食の類が好きではない引きこもり気質の人間なので(これに気づくのに結構時間がかかった)、遊び目的の外出、外食が禁止されても全く問題なかった。というか、普段と何ら生活のリズムを変えなくてよかった。私的に大事な大きなイベントが延期になったのだけれど、これも時期がくれば問題なく行えると思っている。

体調も全く問題なかった。むしろ毎日の日課になっているHITTがタバタ式からノルウェイ式へとより激しいものに変わり、拳法が上達し(毎日のように練習をしていた)、より健康的になったと思うwまた、確実に料理のスキルがあがった。現在、modernist cuisine at homeを買うか真剣に悩んでいるw

誤解を恐れずに書くならば、緊急事態宣言下の僕の生活は普段よりも豊かだっと思う。

このままでも特に問題ないと思えるほどだ(僕はブログのタイトル通り一人旅が大好きなのでそれだけが困る)。

台湾。こんな近くの国でも一人旅ができるようになるまでは、少し時間がかかりそうだ。

これについて、そんなものは見せかけである。それは、特定の職種、特定の状況いる人間だけの幻想であると主張をする人がいる。その代表格が僕の尊敬する哲学者の東浩紀さんだ。

東さんは身体的接触が必須の仕事をしている人たちがおり、その人たちがいる事を忘れて、オンラインでのビジネスやテレワークを称賛するような考えを「コロナ・イデオロギー」と呼んでいる。

この主張について僕は概ね反論はない。世の中がオンライだけで回っていくわけがない。それは誰よりも身にしみて分かっている。僕は研究者と医師という対照的な2つの仕事を持っている。研究者としての仕事は主にモデルでの計算によるものであり、オンラインでも大きな問題はない。一方医師としての仕事は、オンライン診療で簡単な処方などを出せるようになっても、大部分はこれからもオンライン化することはできないと思う。それは僕の専門の脳神経外科に限った話ではない。別の機会に書こうと思うのだけれど診療の本質がコミュニケーションだからだ。そして、現在の技術では情報を簡略化した不完全なコミュニケーションしか行えないので(完全な形で行えるには百年単位の時間がかかると予想している)、診療の完全なオンライン化は不可能なのだ。

社会の完全なオンライン化など不可能である。だが、僕はそれでも可能な限り社会のオンライン化を進めるべきだと思っているし、それに基づいた、人々のライフスタイルの変化が起こるべきだと思っている。それは、COVID19が僕に夢を見せたからだ。その夢の名前はSDGs(Sustainable Development Goals)という。

SDGsは2015年9月に国連で開かれたサミットで定められたもので、日本語では持続可能な開発目標と日本語に訳される。ただ、僕はこれが目標だとは考えていない。なぜならば、SDGsはこのままでは実現が不可能であり、実現にむけて具体的なステップを誰も踏んでいないからだ。

SDGsには17の目標が定められている。どれも素晴らしい目標だが、すぐにおかしなことに気がつく。明らかに不可能なことを述べている目標があるのだ。

それは、7番目の「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」である。

貧富の差が急速に解消されつつあるとはいえ(ファクトフルネスなどが詳しい)、まだ途上国に発展の余地はある。そして、途上国の人たちが先進国と同じような生活を望んだとしても責められる所以はない。が問題はある。シンプルに地球がもたないのだ。

エコロジカル・フットプリントという考え方がある。環境負荷をアメリカのシンクタンクであるGlobal Footprint Networkを計算したものである。その結果によると、アメリカ人と同じような暮らしを世界中の人間が行うと地球が5個も必要になるらしいのだ(ちなみに日本と同じだと2.8個)。この計算結果が正しいかどうかは確かめようがないので何とも言えない。が、地球規模の温暖化を始めとする異常気象が起きていることを考えると我々の生活スタイルをそのまま子孫たちが行えると考えるほうが無理があると思う。

そして、化石燃料からクリーンエネルギーへの切り替えだけではSDGsの「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」の達成は不可能だと思う。フランスのシンクタンクRenewable Energy Policy Network for the 21st Century(REN21 )が出している2019 Global Status Report (GSR 2019) では世界のエネルギー供給量の26%をクリーンエネルギーが占めるようにようなったと述べている(これはこれで驚くべき数字である。思った以上に普及している)。これはかなりの進歩だと思うが、このままではSDGs7は達成不可能だと当のSDGsそのものが述べているのだ

北海道の風力発電所。もう15年ほど前の風景。

核融合のような画期的な新技術が実用化されれば別であるが供給側の問題だけでは問題の解決に至らないのだ。当然解決すべき問題は需要側にもある。需要側それはすなわちエネルギーの使い方である。

エネルギーを節約しよう、環境保全の為に行動しようと様々が行動が促されてきた。しかし、僕は何か根本的にピントがズレているなと思っていた。

例えば森林の保護を真剣に考えるのなら、紙の書類や本に高い税金をかければよいのにと前々から思っている。タダ同然で高品質の紙を使用できるから、みな馬鹿みたいに印刷を行うのだ。一見だにしない印刷物のどれだけの森が消えているのだろうか?考えるだけぞっとする。森林保護を訴えるビラを配っているのを見ると何かのギャグかと思ってしまう(少し言い過ぎかもしれない)。確かに紙、特に紙の本は確かに電子版にはない魅力がある。だが紙の本は贅沢品であるという意識がもっと広まっても良いと思う(価値のあるものだけ、ごく少量印刷し、高い値段で供給すればよい。例外は子供の教育)。

そしてエネルギー。電気をこまめに消すなどの努力も確かに必要かもしれない。が、車で10分も移動すればそんな細かな節約が吹っ飛ぶくらいの環境の不可がかかるのである(計算すれば簡単にわかる。最も燃費のよい車の燃費が18km/l 位。計算を簡単にするために20kml/lと甘めに見積もる。時速60kmで走ると仮定すると一時間当たり3lのガソリンを燃やす。lLのガソリンからは3.0kWhぐらいの発電ができるので、9kwの発電同じ量の石油を発電に回すと得られる。10分だとこの1/6なので1500w エアコン2時間つけっぱなしぐらいのエネルギーに相当する)。そう考えると不必要な車での移動、例えば通勤、を控えるほうがよっぽど環境負荷小さいことになる。

バイクで北海道を回ったときの写真。懐かしすぎる。

私はこのように考えていたので、人々の生活スタイルが変わることで環境負荷がどのように変化するのかにとても興味があった。だが、確かめる機会がなかった。言い方は適切ではないかもしれないが、その絶好の機会がこのCOVID19の影響によるロックダウン、緊急事態宣言であった。

果たして、その効果は絶大だった

インドを例に取るとたった数週間のロックダウンでair pollutionがドラマチックに改善している。

地球温暖化に対しての効果の程はまだ不明だが、後ほど何らかの報告があるものと期待している。

もちろん環境保存の為に、「経済発展をしなくてはならない、経済を回しづづけなくてはならない」と殆どの人間が信じている世界で、いつまでもロックダウンを続けることはできないだろう。僕も当然それは望まない。だが、完全に元に戻すべきなのだろうか?同じような疑問をもっている人達は、オフラインで偶然生まれるコラボレーションの重要性を認めながらもオフィスの存在に疑問を持ち始めている

全てをオンライン化することなど不可能である。けれども、オンラインをもっと上手く活用することはできるのではないか?例えば、基本的には在宅で仕事を行い数週間に一度共用の場所へ行って仕事をすることで、オフラインの恩恵にも預かる。例えば、店舗では試着のみとして、購入はオンラインサイトのみとする(既にこの業態は存在する)。などだ。

そして、特にオンラインを活用しなくてもライフスタイルを変化させることで、持続可能な方向に舵を切ることはできるのではないか?僕はそう考えている。考えてみてほしい、安く大量に居酒屋で大量のお酒を飲むことは本当に必要だったのだろうか?もう少し、回数を減らして高いお酒を少量飲んだほうが満足感は高いのではないか?ライブ会場や、スポーツ施設で皆が同じ場所で同じ体験をすることは確かに貴重な経験になるのかもしれない。けれども、その回数や値段は適切だったのだろうか?

COVID19は僕に甘い夢を見せた。世界は起きてなんとか「元に戻ろう」としている。僕は微睡みながら進んでいきたいなと思っている。「夢」と「現実」の間に求めるものがある気がするからだ。

摩周湖。この美しさを伝えられれば思う。

注)書き終わった後に、似たような内容のより洗練された内容の論文を見つけてしまいました。ぶっちゃけこっち読んだ方が良いです。が、自身の記録のために残しておきます。

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