ニューダンガンロンパv3 ネタバレ感想 Amazonのレビューがメチャクチャ荒れてるからこそこの物語は最高だったと断言できる。

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昨晩、ニューダンガンロンパV3をクリアしました。最近は、人対人の対戦ゲームを除いて、ほぼゲームをしない俺ですがあまりに面白すぎて(4章以降は)ぶっ続けでプレイしてクリアしてしまいました。個人的には過去最高傑作です。

ということで、このゲームはネタバレをすると全く面白く無くなってしまうので、以降は未プレイの方は読まないことをオススメします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のダンガンロンパ歴は1,2はクリア済み。絶望少女は途中で挫折。小説はダンガンロンパ/ゼロを読んでるという感じです。アニメは未視聴です。

さて、このゲームをクリアしたのち語りたくて仕方なくなったのでみんながどんな感想を持ったのか興味が出てアマゾンレビューを見たのですが

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評価低すぎワロタ。評価の中身は実際にAmazonレビューを見てもらうことにして、大勢の方の意見としては、1〜5章までは楽しかった6章以降を受け入れることができなかったというものです。俺の場合は真逆でむしろ、6章がなかったらこのゲームの評価は高くはなかったと思います。Amazonでレビューをつけたことはないですが、おそらく3/5としたことでしょう。

正直退屈だった1〜5章

俺が少し特殊なのかもしれませんが子供の頃ミステリ小説を読みまくっていた時期があることもあり、1,2を含めてダンガンロンパシリーズで使われているトリック、動機などが目新しいと感じたことはありません。これはこのシリーズが劣っているということではなく、恐らくミステリ小説を500冊でも読めば見たことがないトリック、動機はどんな作品でもなくなります。あとはそれらの順列組み合わせなだけで、新鮮さは無くなってしまうのです。1章なんかも衝撃的だったと言っている人もいますが、あれも古典的な手で古いとアガサクリスティー、比較的新しいと森博嗣が某シリーズの一作目で使っています。なので、ぶっちゃけミステリをある程度読んでる人だったら事件が起こってある程度調査を開始した段階で、犯人とトリックの内容に目星がつきます。今回のシリーズだと裁判が始まるまで犯人の目星がつかなかったのは2章だけです。

ただこのシリーズの優れてところはトリックや動機そのものではなく、ゲームという体験を通して自分の推理を展開していく気持ちの良さにあると思っています。言い換えるなら、演出の力がすごいということです。

この展開の気持ちよさは、似たような推理ゲームで逆転裁判(この手のゲームのご先祖様だと思っている)を始め、この手のゲームのどれよりも優れていると思っています

1作目はそれだけで、大満足だったのですが慣れとは怖いもので、今作ではトリックが分かっているのもあって、裁判の途中がまどろっしく感じてしまいました。例えば、地図がおかしいのは解ってるし、壁がある場所はわかってるから、早く指摘させろよ!川の流れとか経由させずにさwといった感じです。

キャラもの小説としてもまぁどこかで見たことのあるような話です。これも目新しさはありません。百田くんがどっかで犯人になるんだろうなぁーとかと思いながらゲームやってました。

 

ダンガンロンパ3作目として

このゲームを始めて最初に引っかかったのが赤松楓の「私には才能なんてものはない、ただ人よりに熱心に取り組んでいるものがあるだけで」

というセリフです。これで、もしや今回は凡人というか普通人のお話なのかなと思いました。1作目が希望(才能のある善人)通し、2作めが絶望(才能がある悪人)通しのデスゲームの話だとするとと、3作めは特別な才能のない人通しの話じゃないかと。

この軸で話が進んでいくものだと思っていたのですが、5章までゴフェル計画がどうのこうのだの、参加者たちは才能のある希望だの、1と2と繋がっているだのという流れで話が進んでいったのでアレ?間違っていた?と思ってました。前回の流れから4〜5章で終わるだろうという読みもあったので。

が、6章で話がひっくり返るのです。

 

衝撃的だった6章

で、6章目です。これで、今までの話が全部ひっくり返ります。今までのbackgroundは全て嘘で、思い出しライトで植え付けられた記憶であること。参加者本人たちにやはり特に才能などはなく、ダンガンロンパに出たくてオーディションに自ら参加したこと(本来の人格はみんなクズw)。V3ではなくて、53で今回は53回目のコロシアイであることなど。つまり、今回の話はダンガンロンパ1,2のメタ世界で起こっていた話だったと明らかになります。

が、この最後はメタという展開はないわけではありません。例えば森博嗣のあの短編だとか、西尾維新のあれだとかです(他作のネタバレには気を使っていくスタイル)。上述のようにある程度は予測していたこともあり、このパターンかという感じです。

なので、俺が衝撃的だったのは、この展開自体ではありません。そうでなくて、この体験を通してさらに上位メタである俺たちの世界に影響を与えたいと直接的に訴えてきたことです。

 

最後の選択

最後に残ったキャラ達は終盤に訴えます。希望(goodend)も、絶望(badend)も、選ばない。選ばないことでこの物語を終わらせる。もうこんなことを続けさせないと我々プレイヤーに抗議するのです。

彼らは物語の登場人物ではありますが、その世界では一生懸命にこの状況を生きる残るために考え行動してきました。その誰よりも生きようとしきたが彼らが自分の命を使って、ゲームを終わらせるという選択肢を選ぶのです。

 

物語は行動でできている

さて、俺たちプレイヤーが見ていたものとはなんなのでしょうか?それはゲーム世界での彼らの行動、体験です。確かに彼らの記憶は植え付けられたもので、元の人格は褒められたものではありませんでした。だからといって、彼らの物語まで否定してしまって良いのでしょうか?偽の記憶がベースだからその行動は嘘なのでしょうか?そもそも、プレイヤー(読者)が、見ているのはキャラの行動の一部でしかありません。それは現実でも同じです。俺たちは実際の行動ではなく、その本当の人格?でその人を評価するのでしょうか?

 

そして、物語は現実を侵食する

終盤戦では、常にbackgroundでこの物語を見ていた人間のヤジが流れます。今回のダンガンロンパは荒れているだとか、俺は探偵押しだったのにがっかりだとか、あいつじゃなくてこのキャラが死んでるべきだったとか。ここで、気づくことがあります。皆さんこのヤジ現実世界のどこかで見ませんでした?例えば、Amazonレビューやtwitter,2chの書き込みとして。

故にAmazonレビューが荒れれば荒れるほど、この物語は成功だったと俺は思うのです。この物語を誰よりも愛していた’彼ら’の願いは彼らから見た外の現実を変えることだったからです。

この物語はこの時代、このタイミングで、ゲームという媒体でしか本当の意味では成立しなかったと思います。この俺たちでの世界での評価、変化も含めてダンガンロンパV3という物語なのです。

間違いなく物語史上に残る傑作です。

最後に彼らはこう言ってるのだと思います。

 

まだ、見てるだけなの?

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