お酒の内容が良かったのか、意外とスッキリ起きられた。本日は自由行動。我々は有志でヤヌコビッチ亭へ行くことになっていた。ここは、ユーロマイダンで追い落とされたヤヌコビッチ元大統領が汚職の限りを尽くして溜め込んだお金を吐き出していた場所。キエフの中心地からヤヌコビッチ亭までは、少し距離があり行くのを躊躇していたが、上田さんと東さんがガイドの方々にうまく交渉してくれて格安で行けることになったのだ!
ジェーニャという男性のガイドがついてくれることになったのだが、彼の第一声が
Are you want to see the symbol of corruption?
だったw

返事は当然Yes!

ドニエプル川を渡って、ヤヌコビッチ亭へ。

一言で言うと、想像の限界を超えた馬鹿らしさwおバカの天元突破wお金を使うのにも想像力がいるのだなと思った。俺にはとてもじゃないが、ここまでの無駄遣いは思いつかない。本人は一切やらないのに、自宅内にゴルフコースがあるwあと、当然の様に自宅内には植物園と動物園が完備。

 

意味がわからない。ジェーニャも怒りを通り越して、常にcrazy, crazyと笑い続けていた。気持ちは分かる。正直ひど過ぎて笑うしかない。
屋敷の内部に入るにはガイドがによる案内が必須なのだけれど、そのガイドが3人しかおらず実は予約が必須らしい。我々は前日にくることに決めたので、危うく入れないところだったがジェーニャの神交渉でガイドを捕まえて中に入れることになった。
中も安定の意味不明さ。スパはおろか、リング付きのジム、教会まで完備していたw

 

ヤヌコビッチはここで奥さんと愛人と暮らしていたらしい。俺たちも最後の方は感覚がおかしくなってきて、「5億円か!安いね!」とか訳のわからないことを言っていたw

 

お土産には「拭いて応援!ユーロマイダン!」購入。ちなみに同期のお土産にしたのだが、同期には圧倒的にプーチンverが人気だった。

 

 

 

 

 

ホテルに戻り、街を少し見てから帰路についた。最後に少しトラブルがあり、マジで飛行機に乗れないかと思ったが、上田さん、東さん、ジェーニャのお陰でなんとか帰路の飛行機に潜り込むことができた。その節は本当にお世話になりました。

 

 

 

 

最後に
この旅の総括を。この旅を通して、東さんと上田さんからは色々な話を聞かせてもらったし、質問に答えてもらった。書けないことも多いのだけれど、一つだけ僕が東さんに質問した内容についてここで書かせて欲しい。

 

「ゲンロン0 観光客の哲学」とその構想の元になったと思われる「弱いつながり 検索ワードを探す旅」、「チェルノブイリダークツーリズムガイド」を読んだときに一つの疑問が浮かんだ。それはなぜ観光客や観光と言う言葉を使ったのだろうか?ということである。「ゲンロン0 観光客の哲学」や「弱いつながり 検索ワードを探す旅」を読めば判るのだが、東さんが定義づけて使っている観光客という言葉は、偶然を招き入れ、優先的選択を誤配へと差し戻すことを企てる主体のことで我々が感覚的に定義している観光客とは随分違う。個人的な言葉のイメージとしては旅人とか学習者とかに近い。
そして、観光客や彼らが訪れる観光地という言葉は日本では必ずしも響きの良い言葉ではない。重要な遺産や、文化財を観光地にするというとそれだけで眉を顰める人がいるのは事実だ。この事実を東さんが判っていなかったはずはなく、本の内容をきちんと理解せずに批判する人が出てくるであろうことも予想していただろうからだ。ではなぜあえて観光客という言葉を使ったのか?そもそも新しく言葉を定義したに等しいので、ふさわしい言葉を創るべきではなかったのか?そのことを思い切って東さんに聞いてみた。

 

東さんは「英語でもtouristなのだから観光客というのが正しい。そして、(観光をする主体に相当する)新しい耳障りの良い言葉を創るべきではない。そのような言葉ができると、観光客はダメで創り出された新たな言葉はOKということになってしまう。それでは意味がない。」と答えてくれた。やはり、あえて観光客や観光という言葉を使う必要があったのだ。少しそれについて考えてみることにした。

 

観光という言葉にはある種の無責任な響きがある。そして、東さんがあえて観光という言葉を使ったのなら、その無責任な響きこそが必要だったのではないかと考えた。

 

観光客の側から考えるとその無責任さは心地よいものだ。ゆえに、観光客は躊躇なく様々な場所を訪れ、そこで自由に考えることができる。逆に、観光客の無責任さを許容しているのは観光地とそこに住む人々である。そう、僕自身も観光地の人々のお陰で観光客であることができていのだ。では、観光地の人々は何を話し、何を考えていたのだろうか?思い出してみることにした。

 

そこで大事なことに気がついた。アレクセイさんも、マルシェンコさんも、ジェーニャも疑問には答えてくれた。彼らが感じていること、考えていることも教えてくれた。けれど、彼らは一度たりとも「君達もこう考えるべきだ」とは言わなかった。シロタさんは「チェルノブイリの地に来る理由は大事ではない。この地にきて何を持ち帰るのかが大事」と話してくれた。しかし、シロタさんが考える僕たちが持ち帰るべきもの、僕たちに持ち帰って欲しいものについては一言も話さなかった。きっと、彼らは僕たちを信用してくれていた。僕たちの思考を信じてくれていた。

 

ならば、それに応えるために僕は相応のことを感じ考えたいと思う。観光客として。自由に、無責任に。

そして、願うならば僕の思考が自由で無責任であるが故に、観光地の人々に新しい視点を与え、小さな救いになれば良いなと思う。

 

 

観光には観光客と観光地の人間の両方がいることで成立する。観光客には無責任でいられるがゆえに自由に考えることが、一方観光地の人間には観光客を許容し信じることが必要なのではないだろうか。そして、それはきっと裏も真であるべきなのだ。観光客が観光客であり続けたいのならば、観光客自身が普段生きる場所が観光地となった時に、その地を訪れる別の観光客を信じなければならないのではないか。そうでなければ、世界から観光地がなくなってしまう。

 

無責任であること、無責任な他人を信じること。その両方が必要であること。そのことを理解して欲しくて、東さんは観光客という言葉を使ったのではないか?僕は今そう考えている。

 

そして、旅を終えて振り返った今、自分はちゃんと考えられたのだろうか?と考える。プリピャチの避難について話したときのガイドさんの照れくさそうな笑顔が脳裏に浮かぶ。けれど、よくわからない。

では、逆に自分の生きている場所が観光地になったとき、僕は、そして僕たちは見知らぬ観光客達を信じられるだろうか?シロタさんや、ジェーニャのような強さを持てるだろうか?やはりよくわからない。

 

それでも、僕は既に次の「行くべきではなかった場所」を探している。そこでまた、「出会うはずではなかった人」に出会い、「考えるはずではなかったこと」を考えるのだ。